第4.2節 授業履修者によるScrapbox利用と著作権
以上のように、学生の授業内ペーパー、課題レポート作成環境にScrapboxを使うことには多くの利点がある。その際、学生のScrapboxプロジェクトを「Private Project(非公開)」に設定する場合と「Public Project(公開)」に設定する場合とでは著作権法上の意味合いが若干異なる。そこで、両者を著作権法の観点から検討する。
まず両者に共通の前提として、著作権法上の問題が生じうるのは、学生がレポート類に他人の著作物を使う場合である。学生自身が自力で書いた文章、プログラム、作成した図表、撮影した写真や映像といった表現に関しては他人の著作権に関する問題は生じない。また他人が作成したものであっても著作物(2条1項1号)に該当しないものなら、それを利用しても著作権に関する問題が発生しないのは当然である。同様に、他人の著作物であって著作権がないもの(すでに消滅した場合など)についても著作権についての顧慮は不要だ。
次に、他人の著作物を使う場合に関して、著作権法32条に規定する要件に合致する方法で「引用」し、「出所の明示」(48条)をする限り「利用」(著作権の対象となるすべての使い方)が可能であるから、やはり著作権の問題は生じない。このうち出所の明示に関してはweb上の情報を利用する場合、レポート類にURLを記述ないし埋め込んでリンクを貼ればよい。なおScrapboxの場合、web上にある画像、映像といったリソースに関してはURLを記述するだけであってそのリソースそのものは複製していない。ITとネットワークを使った「引用」および「出所の明示」の利点だ。
教育上、学生たちが著作物の正しい「引用」(32条)の方法を学ぶことが大切である。学生がそのルールを遵守すれば他人の著作物を「引用」によって「利用」することができ、著作権の問題は生じない。なお氏名表示権(19条)および同一性保持権(20条)については問題となる余地はある(50条)ものの32条と48条の要件を満たす場合は一般にそれが問題とされることはないであろう。
著作権の問題となりうるのはそれ以外の場合である。実際には32条に則って利用する限り問題とされる状況はないはずである。学生自身の表現以外の部分であって、レポート類に他人の著作物を利用しており、正しく「引用」せず32条が適用されない場合に以下のような検討が必要となる。本来は「引用」ルールに基づいて他人の著作物を利用すべきところ、そのルールに習熟していない学生がいわゆる「コピペ」をすることはあり得るから、教育プロセスであることに鑑みて、以下の検討を加える。
Private Projectの場合、当該プロジェクトを閲覧、編集できるのは学生本人と担当教員に限られている。特定の2名であるから、著作権法上の「公衆」概念(2条5項参照)には該当しないため、著作権法に規定される「著作権に含まれる権利の種類」(第2章第3節第3款に規定される21〜28条)のうち、「公衆」との接触を伴いうる行為に限定されている22条〜26条の3は適用されない。したがってこの場合に適用可能性のある支分権は「複製する」行為に対する21条、「翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する」行為に対する27条、および二次的著作物の原著作物の権利に関する28条である。
35条で、営利を目的としない教育機関における授業担当者および受講者がその授業の過程での使用を目的とする場合には必要と認められる限度において著作権者の利益を不当に害さない範囲で公表された著作物の「複製」が認められている。また43条でその「翻訳、編曲、変形又は翻案」も認められている。これは一般的な紙で書くレポートやワープロソフトで書くレポートとScrapboxとに共通である。したがってScrapboxによるレポート類をPrivate Projectで書いて担当教員と共有する限り、従来型の紙やワープロソフトを使ったレポート提出方法と同様だ。
次にPublic Projectについて検討する。学生と担当教員との間における利用態様はPrivate Projectの場合と同様である。Public Projectの場合でもURLを公開しない限りそのURLは非公開であり、その内容もまた非公開である。ただしそのURLを知るだけでアクセス可能である点が異なる(Private Projectの場合はURLを知ってもアクセス権がないと一切閲覧、編集できない)。しかしそのURLを他の公開されたwebサイト等に貼るなどして公開しない限り、URL自体が非公開なのであるから他者がアクセスすることはない。URLが非公開であるということは前述のとおり検索エンジンによって検索されることもない。閲覧するのは当該学生本人及び担当教員のみである。
Public Projectのそうした使い方は著作権の各支分権の要件に該当するであろうか。21条、27条、および28条に関してはPrivate Projectの場合と同様に考えられるので、35条や43条によって、問題とならない。
22条以下については「公に」の要件に該当するかを検討する。「公に」とは「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」いることをいう(22条)。授業を履修する学生は授業の課題としてレポート類を書き、担当教員に提出する。その目的は単位取得要件の充足のためにレポート類を担当教員に共有してその閲覧に供することであり、担当教員以外の者の目に触れることは一切目的とせず望んでもいない。実態としてもURLが故意または過失によって公開のwebサイトに貼られない限り、他者によって閲覧されることもない。
その点、Dropbox、Evernoteといったファイル保存用クラウドシステムは共有用URLを生成する機能を備えている。非公開で保存しているファイルや情報を特定の人と共有するために固有のURLを生成する機能だ。ユーザーがそのURLを先方に送信することによって先方はそのファイルや情報を閲覧、ダウンロードなどできる。当事者は一切「公開」を望んでおらず、特定人の間でファイルや情報を共有することだけを目的としており、実際その他の者がそれを閲覧することはない。仮にそのURLが他者に知られるとアクセスされてしまうが、通常は当事者自らそのURLを公開することはない。
このように非公開のURLを使って非公開の情報を特定人の間で共有するという方法は今日、一般的かつ世界的に利用されており、それらもやはり「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」いない。同様に、ScrapboxのPublic Projectも「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」おらず、また実際にURLを公開せず非公開のものとして当事者間にとどめておく限り他者からのアクセスはない。
公園の木陰でサキソフォンの練習をしている人がいても誰も気に留めないし、投げ銭をする人もいない。そのサキソフォンの演奏は単なる個人的な練習である。同じ楽器の演奏でもストリートで往来の人々の方を向いてするのとは目的が異なる。そのサキソフォンの音がたまたま通りかかった人の耳に届くことがあっても奏者の目的が変わるわけではなく、人に聞かせることは目的としていないから、「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」いないのである〈注31〉。URLを非公開で共有することによる情報の共有もその性質は同様だ。他者の目にとまることもまずない。
したがって学生のレポート類を教員に提出する目的でURLを共有する場合、「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」いないので、22条に定義される「公に」に該当せず、それを要件とする22条、22条の2、23条1項、24条、25条の対象ではないと考えられる。また「複製物」による頒布、譲渡、または貸与はないから26条、26条の2、または26条の3の適用もない。
最後に検討を要するのは23条である。教員にレポート類を提出する目的でScrapboxのPublic Projectを用いてURLを教員に提供することは、「公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う」に該当するであろうか。「送信可能化」(第2条1項9号の5)該当性から検討する。
「送信可能化」とは「次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすること(以下略)」と定義されており、「自動公衆送信し得るようにする」ことが要件である。
「自動公衆送信」(2条1項9号の4)とは「公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)」であり、「公衆送信」(2条1項7号の2)とは「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。」と定義されており、「公衆によつて直接受信されることを目的として」いることが要件である。
授業を履修する学生は、授業の課題としてレポート類を書き、担当教員に提出する。前述のとおり、その目的は単位取得要件の充足のためにレポート類を担当教員に提出しその閲覧に供することであり、担当教員以外の者の目に触れることは望んでいない。実際、故意にURLを公開しない限りそのレポート類の存在が公衆に知られることもなく検索されることもない。「公衆によつて直接受信されることを目的」としていないことは明らかであろう。仮に故意にURLを公開のwebサイト等に掲載した場合は、「公衆によつて直接受信されることを目的と」する「送信可能化」に該当する行為は、ScrapboxのPublic Projectでレポート類を作成する行為ではなく、URLを掲載した行為である。よって、教員に提出する目的でScrapboxのPublic Projectに他人の著作物を用いる行為は、URLを非公開で扱う限り「送信可能化」ないし「公衆送信」に該当せず、23条の対象ともならないと考えられる。
したがって、レポート類の提出にScrapboxのPublic Projectを用いる場合、URLを非公開とするのであるから、Private Projectの場合と同様、著作権の問題は生じないと考えられる。繰り返すがレポート類に他人の著作物を利用する際には、適正な「引用」を行うべきことを前提としている。
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31) ストリートミュージシャンなど通行人などに聞かせる目的の演奏は「公に」に該当するが、それが無償でなされている限り、38条で著作権の制限が認められている。